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エネルギーの流れる身体 その3
2026年07月27日 21:05鍛錬を続けることによってエネルギーが流れる身体になったとしても、そのエネルギーを自由自在に使えるわけではありません。
エネルギーを使うには、エネルギーを動力源とした腕の使い方を習得する必要があります。
ブログで何度も書いていますが、エネルギーにはエネルギーの使い方があるのです。
エネルギーの大小は関係ありません。
どんなに強大なエネルギーでも、日常的な腕の使い方をする限りこのエネルギーは使えないのです。
なぜなら日常的な動作をした瞬間、エネルギーの流れがストップするからです。
エネルギーの流れが止まると、相手の防衛システムが直ちに作動して相手の抵抗を受けます。
氣の力を発揮できるか否かは腕の使い方に掛かっているのです。
エネルギーを使う腕の動きは非日常的な動きです。
非日常と言ってもほんのちょっとした違いに過ぎません。
出来るようになれば単純で簡単な動きなのですが、自分で見つけるのはまず不可能だと思います。
この動きを最初に発見した人は凄いと思います。
天狗に教わったとかいう話はホントかも知れません。
エネルギーの流れる身体 その2
2026年07月07日 16:46氣の力をオフにした状態とオンにした状態で人や物に触れた場合はどうなるかを紹介します。
氣の力をオフにした状態で壁とか柱等のしっかりしたものに指先で触れた場合、自分には何の変化も起きません。
しかし、氣の力をオンにした状態で触れた場合は、ただ触れるだけで壁から押し返されます。これは壁に当たった氣のエネルギーの反作用ではないかと思っています。
次に人に対して同じ事をやってみます。
氣の力をオフにした状態で人に触れた場合、壁と同様何も起こらずお互いに静止したままです。
ところが、氣の力をオンの状態で人に触れた場合、相手が勝手に崩れるので簡単に押すことが出来ます。これは氣の力が相手に作用しているためだと思います。
ただし、相手が自分よりしっかりと立てている場合(功夫が高い場合)は、壁に触れたときと同じように自分が押し返されます。しっかりと立てているほどエネルギーも大きいのです。
壁や柱に触れてエネルギーが流れているか否かを確認するのは、気の済むまでやっても文句を言われる心配がないため検証方法としてお勧めです。
エネルギーの流れる身体 その1
2026年07月07日 16:33エネルギーの流れる身体と聞くと、エーテル体とかアストラル体といったスピリチュアルな身体を連想されるかも知れません。
ここでいうエネルギーの流れる身体とは、あくまでも体重の反作用として地球から返ってきた物理的なエネルギーが流れる身体のことです。
前回のブログで、身体には、緊張状態、脱力状態、氣の力(足下からの上昇エネルギー)が流れている状態があり、稽古をしていない普通の人は緊張状態と脱力状態しかないと書きました。
氣の力は自分の重さの反作用として働く力ですから誰でも持っている力です。
にもかかわらず、なぜ稽古をしていない普通の人は氣の力が流れないのでしょうか。
私の今の考えでは、氣の力が流れない原因は氣の力を流すスイッチがオフになっているからだと思っています。
スイッチをオンにしないとテレビやエアコンが作動しないように、氣の力を流すスイッチをオンにしないと氣の力は流れないのです。
立禅や各種練功法はこのスイッチをオンにするための稽古法と言えるかも知れません。
氣の力についての備忘録
2026年07月04日 21:39当会の氣の力に対する現在の考えをランダムに書いてみます。
○ 氣の力とは、結局のところ腕の動かし方の技術のことである。
○ 氣の力とは、相手の防衛システムを作動させない腕の動かし方のことである。
○ 相手の防衛システムを作動させないことによって生じる現象を氣の力を使ったと言う。
○ 如何に腕の中の状態を変化させずに相手を動かせるようになるかが、氣の力修得のポイントである。
○ 普通の動きは相手を動かそうとすると腕の中が変化する。相手の防衛システムはこの変化を感知して作動する。
○ 何も変化しないことが大事。リキんでもリキんでなくても関係ない。変化しなければ良い。変化さえしなければ相手は異常を感知できないため、防衛システムが作動しない。
○ 自分の腕の中を変化させずに相手を動かせるようになることは、氣の力を修得するための最初にして最大の壁である。これが一番難しい。
○ 身体には、緊張状態と、脱力状態と、氣の力(足下からの上昇エネルギー)が流れている状態がある。
○ 稽古をしていない普通の人は、緊張状態か脱力状態しかない。
○ 立禅や各種練功法は氣の力の鍛錬法であって、これを何年、何十年やっても氣の力が使えるようにはならない。
○ 氣の力は出来る人から伝授してもらわない限り修得できない。
合氣修得のための、誰にでも出来る稽古方法について
2026年06月22日 11:49合氣修得のための誰にでも出来る極めてシンプル・単純な稽古方法があります。
ただしあくまでも当会の合氣を対象とした稽古です。
合氣に興味のある方同士、いつでもどこでも稽古できます。
立ってでもイスに座ってでもどちらでも構いません。
手順は以下の通りです。
1 お互いに向かい合い、取り(合気を掛ける人)は、右腕を伸ばし手の平を下にして受け(合気を掛けられる人)の正面、腰のあたりに手をさしだします。
2 受けは、左手で取りの手首を上から軽く掴みます。
3 取りは、自分の手の平が上を向くように手首を半回転して受けの手を付いて来させます。
4 左手でも同様にします。
手順は以上です。
要は掴まれた手首を回すだけです。
受けの要領は、力を入れずに軽く掴んでいるだけです。
掴むのをやめて手を開くようなことはしません。
取りが手首を回しても「去る者は追わず」という心境になって付いて行かないようにします。
合氣が出来ていれば受けの手がくっついて、付いて行きたくなくても付いて行かされます。
合氣が出来ていなければ、受けの手の中で取りの手首が空しく回るだけです。
取りはどうすれば受けが付いて来るかを試行錯誤しながら稽古します。
この稽古は合氣さえ出来れば、氣の力が使えなくても相手を付いて来らせることが出来ますので、合氣が出来ているかどうかを検証できる非常に優れた稽古法だと思います。
当会では入会初日からこの稽古を行います。
* 受けがしっかり掴んで取りを動かさないようにした場合には、合氣と氣の力の両方が必要になりますので難度が上がります。
当会の氣の力について
2026年04月06日 21:25氣の力という言葉を聞くと、ほとんどの方は筋力とは比べものにならない強大な力とか爆発的な力をイメージされるのではないかと思います。
しかし、当会が稽古している氣の力はそのような強い力とは正反対の力です。
いわゆる力のない力です。
人間は強い力に対しては強い力で対抗できますが、力のない力に対しては対抗するすべがありません。
当会の氣の力は、人間が高度な防衛システム・姿勢制御システムを有しているがゆえに作用する力とも言えます。
力を使わない技術だからこそ老若男女誰でも稽古できるのです。
おまえはすでに崩れている。
2026年03月26日 21:55当会の崩しに、「相手と接触した瞬間、相手を無意識にこちらにもたれかからせて崩す」というものがあります。
相手を無意識にもたれかからせる事によって相手の自由を奪うのです。
相手が崩されたという自覚がないまま崩しているので「おまえはすでに崩れている」というわけです。
無意識にというところがポイントで、もたれかかっているのを相手が意識できている場合は崩しにはなりません。
なぜなら相手がもたれかかっている事を意識できているというのは、すでにお互いが力比べ、筋力勝負の状態になっているからです。
自分は相手にもたれかからず、相手だけがこちらに無意識にもたれかかっている状態を作ることが重要です。
そして、相手をこちらにもたれかからせたまま動かす事が出来れば、抵抗を受けることなく投げることが出来ます。
相手を動かすときには、氣の力を使わなければなりません。
相手を動かすときに筋力を使ってしまうと、その瞬間に相手は我に返り、筋力勝負になってしまいます。
この崩しを成功させるためには三つの要素が必要です。
一つ目は、しっかりと立てる身体があること
二つ目は、相手が無意識にもたれかかっているのを知覚出来ること
三つ目は、氣の力が使えること
難しい技術ですが、稽古を重ねれば誰でも出来るようになります。
まだこの崩しが出来ない方は修得を目指して、すでに修得している方はより精妙な崩しを目指して・・・・・
稽古あるのみです。
熊野三山と伊勢詣でに行ってきました。
2026年03月15日 11:28今週は10日(火)から13日(金)まで3泊4日の行程で、和歌山城と熊野三山、伊勢神宮を巡る車中泊の旅に行ってきました。
特に熊野古道はいつか歩いてみたいと思っていましたので、ほんの一部しか歩いていませんがようやく夢が叶ってうれしい限りです。
熊野古道は発心門王子から熊野本宮大社までの約7キロを歩きましたが、今まで歩いた中で最も気持ちの良いウオーキングコースでした。
昔の旅人に思いを馳せながら、ウグイスの鳴き声や素晴らしい晴天、歩きやすい気温等に恵まれたこともその一因ではないかと思います。
歩いている人はそれ程多くはありませんでしたが、約8割ほどは外国の方でした。
両側に大きな杉が生い茂った古道を歩いていると自然に背筋が伸びて、身体の中が変化するのを感じました。
技の効きが良くなっているのは間違いありません。
今度の稽古が楽しみです。
また、熊野古道大門坂や神倉神社の石段は今行っておいて本当に良かったと思いました。
急な坂道を歩けるのもあと数年ほどで、遠からず行きたくても行けない状態になるのは確実だからです。
まだまだ全国を歩き回れるように、串山遊歩道のウオーキングを続けたいと思います。
毎朝5時半起床であちこち歩き回り、走行距離1700キロの充実した旅になりました。
大動は小動に如かず
2026年02月24日 07:48大動は小動に如(し)かず
小動は微動に如かず
微動は不動に如かず
という言葉を聞いたことがあります。
大きく動くのは小さく動くのには及ばない
小さく動くのは微(かす)かに動くのには及ばない
微かに動くのは全く動かないのには及ばない
動きは小さければ小さいほど良い、動かないのが一番良いという意味だそうです。
この言葉を具体的にどういう状況で使うのかは知らないのですが、私たちの稽古にはぴったりの言葉だと思います。
氣の力、合氣を使うためには様々な注意点がありますが、「余計なところは動かさない」というのも重要な注意点のひとつです。
稽古を始めた当初は、あらゆるところが大きく動きまくっています。
それが稽古を重ねるにつれてだんだんと小さくなっていきます。
余計な動きが小さくなればなるほど技の精度が上がります。
不動を目指して稽古します。
氣の力・合氣についての備忘録
2026年01月27日 20:04氣の力と合氣について、現在の認識を備忘録として書いておきます。
○ 氣の力は普通の動きの延長線上には存在しない。
○ 氣の力は筋力を使わないときに現れる力である。
○ 氣の力と合氣は全く別の技術である。
○ 氣の力が使えなければ合気は発現しない。
○ 合氣は力ではない。
○ 合氣は意識の技術である。
○ 合氣とは氣を合わせることである。
「氣は心」と言う言葉があり、心は無意識であることから
○ 合氣とは心を合わせることである。
○ 合氣とは無意識を合わせることである。
とも言える。
○ 合氣の練度は氣の力の練度に比例する。
○ 氣の力の練度は身体の練度(功夫)に比例する。
合氣が身につくと出来ること
○ 相手をくっつけることが出来る。
○ 相手の力を抜くことが出来る。
○ 氣の力の威力を増すことが出来る。