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氣の力について 3
2022年06月18日 20:31もし、氣の力の正体が重力の反作用の力だとしたら、氣の力は老若男女関係なくすべての人間が持っている力と言うことになります。
当会の基本稽古は、筋力では到底不可能と思われる内容ですが、やり方を指導すると一時的にせよ誰でも例外なく出来るようになります。
以前は、氣の力のことを「私たちの誰もが持っているにもかかわらず、ほとんどの人が気づいていない力」と言っていましたが、これは指導すると誰でも出来るようになるので、誰もが持っている力と言っていただけで、氣の力の原動力が何かが分かっていた訳ではありませんでした。
氣の力がすべての人に作用している反作用の力だとすると、誰でも出来るようになることが納得できます。
師範に「どれくらい稽古をしたら自覚できるものですか」と聞いた時、「今日自覚できるかもしれないし、何年、何十年かかるかもしれない。自分次第です。」と言われましたが、氣の力が本当に重力の反作用の力だとしたら、すでに自分の中にあるものに気づけば良いだけですから、そう言う以外に言い方はなかったのだろうと思います。
私の場合は、1990年に入門して、仕事の都合で3年ほどしか稽古できませんでしたが、自覚するのに30年以上かかってしまいました。
しかしよく考えてみると、何かが上昇する感覚は何年も前からあったような気がします。
なぜ今まで気がつかなかったのか不思議なくらいです。
単に鈍いだけかも知れません。
氣の力について 2
2022年06月16日 14:01地球には重力があります。
「重力」とは「地球上の物体に下向きに働いて重さの原因になる力」(広辞苑)です。
私たちの身体には常に地球の中心に向かって引く力が働いています。
私の体重は約60キロですが、逆に言えば両足で立っている場合、何もしなくても60キロの力で、常に地球の中心に向かって押し続けていることになります。
また、ご存じのように作用反作用の法則というものがあります。
「ある物体が他の物体に作用を及ぼすとき、それとは逆向きで大きさの等しい反作用が常に働く」(デジタル大辞泉)というものです。
私が60キロの力で地球を押し続けているということは、私も地球から60キロの力で押し返されているということです。
つまり、私の身体の中では、60キロの力が足の裏から頭頂に向かって常に上昇し続けているということです。
何をアホなことをと思われる方がほとんどだと思いますが、氣の力の正体は
「自分の身体が地球を押している力の反作用として働く力」だったのです。
氣の力について 1
2022年06月14日 22:00当会では氣の力について、「氣の力 合氣について」のところで述べているように「氣の力とはしっかりと立ち、しっかりと座り、しっかりと歩くことができて初めて生まれる力だと考えています。」としています。
しかし、しっかり立つことでなぜ氣の力が生まれるのかということについては明確に分かっていませんでした。
ところがつい最近のある日、何かが足下から上昇しているのに突然気づいたのです。
それは音もなく、色もなく、匂いもなく、熱くもなく、冷たくもなく、痛くも痒くもありません。
何も感じないのですが、確かに上昇するものがあるのが分かったのです。
私は自分が自覚したことを忽然と悟りました。
氣の力の正体が分かったのです。
拳法道場に入門した当初、師範に「氣の力とはどういうものですか」と聞いたところ「自覚するしかありません」と言われ「何を自覚するんですか」などと馬鹿なことを言っていたことを思い出しました。
めざせ”タキミカ”さん
2021年04月19日 21:00”タキミカ”こと瀧島 未香(たきしま みか)さんは、1931年1月15日生まれ。
90歳の日本最高齢フィットネス・インストラクターだそうです。
65歳でジムに通い運動を始め、79歳でパーソナルトレーニングを受けて、87歳でフィットネスインストラクターに就任されたということです。
最近の新聞広告で見るまで、全く知りませんでした。
ネットで動画を拝見しましたが、90歳とは信じられない動きでたまげました。
私にはとても真似ができません。
びっくりする画像もたくさんありますが、なかでもウエストポーチをつけて颯爽と歩く姿には、感嘆するしかありません。
若い女性でもあれほど見事に歩ける人は多くはないと思います。
自分の歩き姿と比べると恥ずかしい限りです。
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「年齢なんて、ただの数字」というのが信条だそうです。
生涯現役を体現されているタキミカさんにはたくさんの希望と元気を頂きました。
タキミカさんを目標に頑張りたいと思います。
奇跡の日々
2021年03月28日 21:57毎朝、白いご飯と温かい味噌汁が目の前に出てきます。
ある日ある時これは奇跡だと気付いたのでありました。
今まで当たり前に思ってきたことが、とても感謝に思えてならなかったのです。
日に三度のご飯が食べられ、空気も水も光も平等に与えられているのに、どうして人は不平不満ばかり言っているのだろうと思ったのです。
大峯千日回峰行滿行者 塩沼亮潤大阿闍梨の言葉
稽古休止を余儀なくされてからもうすぐ1年になります。
なかなか稽古を再開できる状況になりませんが、毎日三度のご飯が食べられるうえに、毎日お風呂に入り、毎日暖かい布団の中で寝られて、毎日一人稽古を存分に出来ることは、本当に奇跡のような日々です。
いつまで続くか分かりませんが、この恵まれた環境に感謝しながら、稽古再開できる日まで一人稽古に励みたいと思います。
動かない身体を作る
2020年10月11日 11:52いつになったら稽古を再開できるか、目途が立たない状況が続いています。
期限がわからないというのは、計画も立てにくく、精神的にもなかなかきついものです。
動かない身体の重要性は、分かっているつもりでしたが、江夏師範の「合する合気の道」に書いてあるクレーン車の例えを読んで、ピンと来るものがありました。
つまり、どんなに力の強いクレーンでも土台が動けば、その力を発揮することが出来ないということです。
合気の場合も高度な技術を持っていても、土台である身体が動けばその技術を発揮することは出来ません。
動かない身体を作るには鍛錬を続けるしかありません。
「七十歳までは、やれば筋肉もついてくる。
それまでに身体を作ってしまえば、このように八十歳を過ぎても全然衰えないのだ。」
「人間は生きている限り変わることができるのです。
生きているということはそういうことでしょう。
私の年になるまで鍛え続けている者はいないだろう。
力は無くなってきても、鍛え続けることによって何かが出てくる。」
佐川幸義先生 八十六歳の時の言葉
「老人閑居して不善をなす」ことにならないよう、何が出てくるかを楽しみに一人稽古を続けたいと思います。
老人の一日は・・・・
2020年04月27日 10:22「惟(おも)うに老人の一日は、残り時間僅少にして、時の平戦によりその価値に軽重あるの理無し。
何が有っても稽古に励み、何が無くとも稽古に励み、終始一貫この一日を無為に過ごすべからず。」
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会員の皆さんも何かと大変だと思いますが、健康維持、体力維持、技量維持のため毎日少しずつでも一人稽古を続けていただければと思います。
ちなみに冒頭の文章の元は、ご存じの方も多いと思いますが、秋山真之参謀が起草したと云われる、連合艦隊解散の辞の一節です。
「惟うに武人の一生は、連綿不断の戦争にして、時の平戦によりその責務に軽重あるの理無し。
事有れば武力を発揮し、事無ければこれを修養し、終始一貫その本分を尽くさんのみ。」
相手を動かす
2019年01月20日 14:54先日、テレビのニュース番組で、バドミントンの桃田賢斗選手に、元プロテニスプレーヤーの松岡修造さんがインタビューしているのを見ました。
桃田選手は、賭博問題で2016年4月に無期限出場停止となり、約一年後の2017年5月に涙の復活優勝を遂げたそうです。
昨年の桃田選手の成績は、82戦74勝で勝率9割超え。
世界ランキングは、前年の282位から、何と一気に頂点の1位まで急上昇したそうです。
この快進撃の原因は、謹慎中に徹底的にこなした地味なトレーニングにあったということです。
おそらく、あの事件が桃田選手の心と身体に大きな変化をもたらし氣の身体・合氣の身体ならぬ、バドミントンの身体が作られたのでしょう。
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このインタビューの中で、桃田選手が
「自分は動かず、相手を動かす」ことを意識している、
と言ったのです。
この言葉を聞いた瞬間、おっ、大東流だ、と思いました。
自分は動かず、相手を動かすというのは、合氣の基本原理の一つです。
バトミントンは、スマッシュの初速が時速493kmにも達することで、球技の中で打球の初速が最も速いスポーツとしてギネス認定されているそうです。
フットワークを使って素早く動き続けることが重要なバドミントンで、自分は動かず、相手を動かすという発想に至るとは素晴らしいことだと思いました。
自分の発想ではなく、コーチのアドバイスかもしれませんが。
いずれにしても、バドミントンでも大東流でも、自分は動かず、相手を動かすというのを体現するのは容易なことではありません。
この言葉を証明するVTRがありましたが、まさにシャトルを自由自在に操って相手を動かしていました。
本当にすごいことだと思います。
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自分は動かず、相手を動かすという言葉を聞いて、急に親近感が湧いた桃田選手を、陰ながら応援したいと思います。
実践なくんば証明されず
2019年01月14日 23:12実践なくんば証明されず、証明なくんば信用されず、信用なくんば尊敬されず
極真空手 大山倍達先生
稽古に臨んで心にとめている言葉です。
当会の稽古方法は、いわゆる型稽古です。
型稽古には、単独で行うものと、対人で行うものがありますが、当会の型稽古は対人で行います。
対人での型稽古と言えば、技をかける人(取り)と技をかけられる人(受け)が決まっていて、双方が定められた動きをして、ある一つの技を完成させる。
そして取りと受けを交代しながら稽古する。
というのがおそらく殆んどの方が持つ型稽古のイメージではないかと思います。
しかし当会での型稽古は、稽古方法で述べているように、受けは自分が倒されないようにしっかり頑張って抵抗します。
受けにしっかり抵抗されたら、なかなか倒せるものではありません。
受けが自分より力が強い場合は、倒すどころか反対に倒されてしまいます。
尊敬される必要はありませんが、指導者は抵抗されても倒せるという事を体現でき、なおかつどうすれば倒せるのかを指導できなければなりません。
会員の方も錬磨を重ねて技量が向上し、抵抗力も入門時とは比較にならないくらい強くなってきています。
佐川幸義先生の言葉に
素人にしかできないのではしょうがない。どんなに鍛えた人にも出来なくては困るでしょう。素人にしか効きませんと看板下げて歩かなくてはならなくなるよ。
というものがあります。
看板を下げなくて済むよう、今年もさらなる高みを目指して稽古に励みたいと思います。
馬の耳に念仏
2018年09月21日 23:08その時、私はすかさず「先生合気とは何ですか?」と聞きました。
すると一瞬、先生が「ん!」と詰まってから、「合気とはね…」と言われたのです。
私はハッとして先生のお顔を見ました。
そして次の言葉に集中しました。
先生は、「合気とはね、合気と書いて気を合(がっ)するという意味ですよ。気を合すると読むのですよ」と言われたのです。
「先生! 合気とは気を合することですか?」と、私は思わず声が上ずりました。
先生は、「う~む、そうだよ」とうなずきます。
私は「ありがたい!」と心の中で叫びました。
中略
「気を合するのだ」と分かって、私はピンときたのです。
「合気の極み」p175
錦戸先生は、堀川先生の「合気とは気を合するのだ」というひと言がなかったら、合気をつかめなかったかも知れないとまで言っておられます。
今の私には、この言葉を百万回聞いてもピンときそうにありません。
まさに「馬の耳に念仏」「犬に論語」「牛に経文」「猫に小判」「豚に真珠」です。
おそらく、蓮(ハス)の華をひねるのを見て、微笑むぐらいの境地に達していなければ理解できないのでしょう。
女性のポスターを見てニンマリしているようでは、まだまだ道は遠いかも・・・