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当会の氣の力について
2026年04月06日 21:25氣の力という言葉を聞くと、ほとんどの方は筋力とは比べものにならない強大な力とか爆発的な力をイメージされるのではないかと思います。
しかし、当会が稽古している氣の力はそのような強い力とは正反対の力です。
いわゆる力のない力です。
人間は強い力に対しては強い力で対抗できますが、力のない力に対しては対抗するすべがありません。
当会の氣の力は、人間が高度な防衛システム・姿勢制御システムを有しているがゆえに作用する力とも言えます。
力を使わない技術だからこそ老若男女誰でも稽古できるのです。
おまえはすでに崩れている。
2026年03月26日 21:55当会の崩しに、「相手と接触した瞬間、相手を無意識にこちらにもたれかからせて崩す」というものがあります。
相手を無意識にもたれかからせる事によって相手の自由を奪うのです。
相手が崩されたという自覚がないまま崩しているので「おまえはすでに崩れている」というわけです。
無意識にというところがポイントで、もたれかかっているのを相手が意識できている場合は崩しにはなりません。
なぜなら相手がもたれかかっている事を意識できているというのは、すでにお互いが力比べ、筋力勝負の状態になっているからです。
自分は相手にもたれかからず、相手だけがこちらに無意識にもたれかかっている状態を作ることが重要です。
そして、相手をこちらにもたれかからせたまま動かす事が出来れば、抵抗を受けることなく投げることが出来ます。
相手を動かすときには、氣の力を使わなければなりません。
相手を動かすときに筋力を使ってしまうと、その瞬間に相手は我に返り、筋力勝負になってしまいます。
この崩しを成功させるためには三つの要素が必要です。
一つ目は、しっかりと立てる身体があること
二つ目は、相手が無意識にもたれかかっているのを知覚出来ること
三つ目は、氣の力が使えること
難しい技術ですが、稽古を重ねれば誰でも出来るようになります。
まだこの崩しが出来ない方は修得を目指して、すでに修得している方はより精妙な崩しを目指して・・・・・
稽古あるのみです。
熊野三山と伊勢詣でに行ってきました。
2026年03月15日 11:28今週は10日(火)から13日(金)まで3泊4日の行程で、和歌山城と熊野三山、伊勢神宮を巡る車中泊の旅に行ってきました。
特に熊野古道はいつか歩いてみたいと思っていましたので、ほんの一部しか歩いていませんがようやく夢が叶ってうれしい限りです。
熊野古道は発心門王子から熊野本宮大社までの約7キロを歩きましたが、今まで歩いた中で最も気持ちの良いウオーキングコースでした。
昔の旅人に思いを馳せながら、ウグイスの鳴き声や素晴らしい晴天、歩きやすい気温等に恵まれたこともその一因ではないかと思います。
歩いている人はそれ程多くはありませんでしたが、約8割ほどは外国の方でした。
両側に大きな杉が生い茂った古道を歩いていると自然に背筋が伸びて、身体の中が変化するのを感じました。
技の効きが良くなっているのは間違いありません。
今度の稽古が楽しみです。
また、熊野古道大門坂や神倉神社の石段は今行っておいて本当に良かったと思いました。
急な坂道を歩けるのもあと数年ほどで、遠からず行きたくても行けない状態になるのは確実だからです。
まだまだ全国を歩き回れるように、串山遊歩道のウオーキングを続けたいと思います。
毎朝5時半起床であちこち歩き回り、走行距離1700キロの充実した旅になりました。
大動は小動に如かず
2026年02月24日 07:48大動は小動に如(し)かず
小動は微動に如かず
微動は不動に如かず
という言葉を聞いたことがあります。
大きく動くのは小さく動くのには及ばない
小さく動くのは微(かす)かに動くのには及ばない
微かに動くのは全く動かないのには及ばない
動きは小さければ小さいほど良い、動かないのが一番良いという意味だそうです。
この言葉を具体的にどういう状況で使うのかは知らないのですが、私たちの稽古にはぴったりの言葉だと思います。
氣の力、合氣を使うためには様々な注意点がありますが、「余計なところは動かさない」というのも重要な注意点のひとつです。
稽古を始めた当初は、あらゆるところが大きく動きまくっています。
それが稽古を重ねるにつれてだんだんと小さくなっていきます。
余計な動きが小さくなればなるほど技の精度が上がります。
不動を目指して稽古します。
氣の力・合氣についての備忘録
2026年01月27日 20:04氣の力と合氣について、現在の認識を備忘録として書いておきます。
○ 氣の力は普通の動きの延長線上には存在しない。
○ 氣の力は筋力を使わないときに現れる力である。
○ 氣の力と合氣は全く別の技術である。
○ 氣の力が使えなければ合気は発現しない。
○ 合氣は力ではない。
○ 合氣は意識の技術である。
○ 合氣とは氣を合わせることである。
「氣は心」と言う言葉があり、心は無意識であることから
○ 合氣とは心を合わせることである。
○ 合氣とは無意識を合わせることである。
とも言える。
○ 合氣の練度は氣の力の練度に比例する。
○ 氣の力の練度は身体の練度(功夫)に比例する。
合氣が身につくと出来ること
○ 相手をくっつけることが出来る。
○ 相手の力を抜くことが出来る。
○ 氣の力の威力を増すことが出来る。
技が掛からないのはなぜか?
2026年01月25日 21:10当会の稽古は型稽古ですが、会員の方もなかなか技を掛けられず苦労しておられます。
なぜ技が掛からないのでしょうか?
技が掛からない原因は、手の開き方とか指の形、掴み方や指の使い方が悪いからではありません。
タイミングや動作の遅速でもありません。
技が掛からない原因はただひとつ、氣の力を使えていないからです。
筋力を使う限り相手の抵抗が起こり、力がぶつかって技が掛かりません。
しかし氣の力を使うことが出来れば、相手の抵抗が起こらないため技を掛けることが出来ます。
技が掛かるということは氣の力が使えているということです。
当会の稽古は氣の力の使い方を稽古しているのです。
* 基本技には氣の力が使えれば掛かる技と、合氣が出来なければ掛からない技があります。
私が見本をするときは、全ての技で合氣を使っています。
明けましておめでとうございます
2026年01月02日 21:54明けましておめでとうございます。
今年は、道の駅、お城、神社仏閣、温泉、ハイキング、合氣修行の旅に出かけられたら良いなと思っています。
本年もよろしくお願いいたします。
当会の体験の目的
2025年12月29日 17:40氣の力や合氣について色々書いていますが、大事なことは体現出来るかどうかだと思っています。
いくら分かったようなことを書いていても、体現出来なければ説得力がありません。
合氣の稽古はシンプルですから、出来るか出来ないかがすぐに分かります。
レベルの低い氣の力や合氣ではごく一部の限られた人にしか通用しません。
練度が低ければ通用する範囲は狭いですし、練度が高くなれば通用する範囲は広くなります。
ユーチューブに出ている先生のところに体験に行ったけれども、技がかからなかったという話をネットで見聞しますが、それはその先生の練度が体験者に通用しないレベルだっただけの話で、その先生の技術が嘘だということではないと思います。
先生の練度が低いのか、体験者のレベルが高いのかどちらかです。
当会では入会するしないにかかわらず、入会前に必ず体験して頂いていますが、その目的の一つは私の技術が通用するかどうかを確認するためです。
合氣の指導は、一触をもって教えられることが絶対の条件です。
私の技術が通用しない方に入会して頂いても教えようがありません。
氣の力や合氣に興味を持ってこられた方に夢と希望を与えることが出来るよう、来年も技量の向上に励みたいと思います。
不思議な世界
2025年11月28日 20:34氣の力を使う動きが、筋力を使う動きに比べて抵抗しにくいのはなぜでしょうか。
氣の力で相手を動かしていると、何でこんな力で動くのだろうと不思議な気持ちになります。
相手が忖度して動いてくれているような気もしてきます。
実験したことはありませんが、もし氣の力で相手を動かしているときの力を計器で測定したら、おそらくグラム単位ではないかと思います。
小さい場合は数グラム、大きくても数百グラム程度だと思います。
植芝盛平先生が仰ったという、「米ヌカ三合持つ力があれば合気道は出来る」という言葉が納得できます。
ただし、筋力で数グラム、数百グラムの力を加えたとしても相手はびくともするはずがありません。
なぜ、氣の力だとそんなに小さな力で相手が動くのでしょうか。
その理由のひとつは、筋力と氣の力の動作システム(プログラム)が違うため、人体の防衛システムが異常を感知することが出来ず、防衛システムが作動しないためだと考えています。
また、相手との接触点を通して、こちらの上昇エネルギーが相手に流入し、相手が浮き崩された状態になることも小さな力で動く理由のひとつではないかと思っています。
暗示や催眠、忖度などがあるのかも知れません。
私などの考えの及ばない理論があるのかも知れません。
いずれにしても不思議な世界です。
筋力を使う動きと、氣の力を使う動きの違いとは
2025年11月26日 22:17前回のブログで筋力を使う動きと氣の力を使う動きでは、身体の使い方が違うと書きました。
しかし、外見上はどちらの身体使いもほとんど変わらないため、見ただけで違いを見抜くのはほぼ不可能です。
筋力を使うときには、文字通り筋肉を使います。
では、氣の力を使うときには何を使っているのでしょうか。
私の今の感覚では、氣の力を使うときは手足の指の腱を使っています。
手足の腱を使って足下からの上昇エネルギーを全身に巡らして腱で動くのです。
靱帯も働いているのかも知れませんが、まだその感覚はありません。
昔々、器械体操部で後方宙返りの練習をしていたとき、なかなか高く跳べなかったのがある日突然、今までと比較にならないくらい高く跳べるようになったことがあります。
今考えるとその理由は、おそらく靱帯が働いたためではないかと考えています。
氣の力も靱帯が働くようになると、別次元の力が出るようになるのかも知れません。