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氣の力・合氣についての備忘録
2026年01月27日 20:04氣の力と合氣について、現在の認識を備忘録として書いておきます。
○ 氣の力は普通の動きの延長線上には存在しない。
○ 氣の力は筋力を使わないときに現れる力である。
○ 氣の力と合氣は全く別の技術である。
○ 氣の力が使えなければ合気は発現しない。
○ 合氣は力ではない。
○ 合氣は意識の技術である。
○ 合氣とは氣を合わせることである。
「氣は心」と言う言葉があり、心は無意識であることから
○ 合氣とは心を合わせることである。
○ 合氣とは無意識を合わせることである。
とも言える。
○ 合氣の練度は氣の力の練度に比例する。
○ 氣の力の練度は身体の練度(功夫)に比例する。
合氣が身につくと出来ること
○ 相手をくっつけることが出来る。
○ 相手の力を抜くことが出来る。
○ 氣の力の威力を増すことが出来る。
技が掛からないのはなぜか?
2026年01月25日 21:10当会の稽古は型稽古ですが、会員の方もなかなか技を掛けられず苦労しておられます。
なぜ技が掛からないのでしょうか?
技が掛からない原因は、手の開き方とか指の形、掴み方や指の使い方が悪いからではありません。
タイミングや動作の遅速でもありません。
技が掛からない原因はただひとつ、氣の力を使えていないからです。
筋力を使う限り相手の抵抗が起こり、力がぶつかって技が掛かりません。
しかし氣の力を使うことが出来れば、相手の抵抗が起こらないため技を掛けることが出来ます。
技が掛かるということは氣の力が使えているということです。
当会の稽古は氣の力の使い方を稽古しているのです。
* 基本技には氣の力が使えれば掛かる技と、合氣が出来なければ掛からない技があります。
私が見本をするときは、全ての技で合氣を使っています。
明けましておめでとうございます
2026年01月02日 21:54明けましておめでとうございます。
今年は、道の駅、お城、神社仏閣、温泉、ハイキング、合氣修行の旅に出かけられたら良いなと思っています。
本年もよろしくお願いいたします。
当会の体験の目的
2025年12月29日 17:40氣の力や合氣について色々書いていますが、大事なことは体現出来るかどうかだと思っています。
いくら分かったようなことを書いていても、体現出来なければ説得力がありません。
合氣の稽古はシンプルですから、出来るか出来ないかがすぐに分かります。
レベルの低い氣の力や合氣ではごく一部の限られた人にしか通用しません。
練度が低ければ通用する範囲は狭いですし、練度が高くなれば通用する範囲は広くなります。
ユーチューブに出ている先生のところに体験に行ったけれども、技がかからなかったという話をネットで見聞しますが、それはその先生の練度が体験者に通用しないレベルだっただけの話で、その先生の技術が嘘だということではないと思います。
先生の練度が低いのか、体験者のレベルが高いのかどちらかです。
当会では入会するしないにかかわらず、入会前に必ず体験して頂いていますが、その目的の一つは私の技術が通用するかどうかを確認するためです。
合氣の指導は、一触をもって教えられることが絶対の条件です。
私の技術が通用しない方に入会して頂いても教えようがありません。
氣の力や合氣に興味を持ってこられた方に夢と希望を与えることが出来るよう、来年も技量の向上に励みたいと思います。
不思議な世界
2025年11月28日 20:34氣の力を使う動きが、筋力を使う動きに比べて抵抗しにくいのはなぜでしょうか。
氣の力で相手を動かしていると、何でこんな力で動くのだろうと不思議な気持ちになります。
相手が忖度して動いてくれているような気もしてきます。
実験したことはありませんが、もし氣の力で相手を動かしているときの力を計器で測定したら、おそらくグラム単位ではないかと思います。
小さい場合は数グラム、大きくても数百グラム程度だと思います。
植芝盛平先生が仰ったという、「米ヌカ三合持つ力があれば合気道は出来る」という言葉が納得できます。
ただし、筋力で数グラム、数百グラムの力を加えたとしても相手はびくともするはずがありません。
なぜ、氣の力だとそんなに小さな力で相手が動くのでしょうか。
その理由のひとつは、筋力と氣の力の動作システム(プログラム)が違うため、人体の防衛システムが異常を感知することが出来ず、防衛システムが作動しないためだと考えています。
また、相手との接触点を通して、こちらの上昇エネルギーが相手に流入し、相手が浮き崩された状態になることも小さな力で動く理由のひとつではないかと思っています。
暗示や催眠、忖度などがあるのかも知れません。
私などの考えの及ばない理論があるのかも知れません。
いずれにしても不思議な世界です。
筋力を使う動きと、氣の力を使う動きの違いとは
2025年11月26日 22:17前回のブログで筋力を使う動きと氣の力を使う動きでは、身体の使い方が違うと書きました。
しかし、外見上はどちらの身体使いもほとんど変わらないため、見ただけで違いを見抜くのはほぼ不可能です。
筋力を使うときには、文字通り筋肉を使います。
では、氣の力を使うときには何を使っているのでしょうか。
私の今の感覚では、氣の力を使うときは手足の指の腱を使っています。
手足の腱を使って足下からの上昇エネルギーを全身に巡らして腱で動くのです。
靱帯も働いているのかも知れませんが、まだその感覚はありません。
昔々、器械体操部で後方宙返りの練習をしていたとき、なかなか高く跳べなかったのがある日突然、今までと比較にならないくらい高く跳べるようになったことがあります。
今考えるとその理由は、おそらく靱帯が働いたためではないかと考えています。
氣の力も靱帯が働くようになると、別次元の力が出るようになるのかも知れません。
氣の力と合氣の関係について
2025年11月16日 22:32今日は氣の力と合氣の関係について書いてみたいと思います。
結論を先に書くと「氣の力が使えない限り、合氣は出来ない」ということです。
当会では「氣の力とは、自分の身体の重みが地球を押している力の反作用として働く力(足下からの上昇エネルギー)のことである」と定義しています。
氣の力は自覚の有無にかかわらず老若男女誰でも持っている力ですが、氣の力を使う動きは通常の動きと身体の使い方が違うため、修得が極めて難しい技術です。
氣の力を使った動きは相手の抵抗を起こしにくいため、筋力を使った動きに比べて相手を動かすことが容易になります。
氣の力だけでも、相手を投げたり倒したりすることは出来るのですが、掴んだ手を離そうと思っても離せないとか、触れただけで相手がついてくるような現象は起きません。
このような現象を起こすためには、更に合氣という技術が必要です。
合氣とは端的に言うと「相手と一体になる技術」「相手と繋がる技術」です。
相手と一体になっている、相手と繋がっているが故に、触れただけで相手がついてくるというような現象が起こるのです。
しかし合氣の状態は、筋力を使った瞬間に消えてしまいます。
力の大小は関係ありません。
どんなに小さな力でも、筋力を使った瞬間に相手との一体化は消失し、相手は抵抗することも可能になります。
合氣の状態を維持して相手を動かすためには、筋力以外の力を使えることが必要です。
従って、氣の力を使えない限り合氣は出来ないのです。(あくまでも当会の場合です)
氣の力を使う技術と合氣は全く別の技術ですが、合氣が出来ると氣の力の効きが格段に良くなるため、当会では基本稽古からこの二つの技術を稽古しています。
合気道無元塾熊本講習会に行ってきました。
2025年09月01日 21:162025年8月30日(土)、熊本市総合体育館で行われた合気道無元塾熊本講習会に参加してきました。
中心帰納、腰の回しがどんなものか是非とも体験したかったからです。
熊本を訪れるのは、2022年12月に美里町にある日本一の石段と言われる3333階段を登って以来でした。
参加者は県外の方が多く、遠くはアメリカカリフォルニアから参加された方もおられました。日本人の方です。
白石先生のお言葉を借りればこの講習会に来られる方は変人ばかりだそうで、私は最年長の変人ということになります。
技術の修得に熱心な性格の良い変人ばかりが集まったみたいで、楽しく稽古ができました。
また、この講習会を主催された合気道無元塾熊本稽古会のご兄弟はとても仲良くて、気配り、目配りが行き届いていたのも楽しく稽古できた一因だと思います。
白石先生の技術はどれも素晴らしいものでしたが、特に入り身で崩される感覚は求めていた技術に近いと思いました。
昔、稽古仲間のKさんと稽古していたとき、お互い触れれば崩れるような状態に何度かなったことがあるのですが、その状態に近いのです。
Kさんと、こんな風に崩せたら合氣なんか関係ないですねと話していたのを思い出しました。
しかしどのような原理でこういう状態になるのかが分からず、又二人で研究しようと話していたのですが、今ではそれも叶いません。
・・・・・・・・・・・
無元塾の稽古は、この崩しの研究に非常に参考になるものだと思います。
大変有意義な講習会でした。
翌31日(日)は、菊池渓谷を歩いてきました。
渓流の透明度は抜群で水量も多く、原生林の深い緑に包まれて夏とは思えない涼しさです。
渓谷美の極致と言われる絶景を眺めながら新鮮な空気を吸って、自然の中でいただいたヤマメの塩焼きは最高でした。
菊池温泉でゆったりとお湯につかり疲れを癒やして帰りました。
菊池渓谷と菊池温泉 お勧めです。
錦戸無光先生のこと
2025年07月16日 22:27大東流合気柔術 光道創始者 錦戸無光先生が2025年7月9日(水)、85歳でお亡くなりになったそうです。
ウエブ秘伝で知りました。
「合気の極み」によれば、錦戸先生は33歳の時に当時80歳の堀川幸道先生に出会い、その後約5年間にわたり堀川先生の指導を受けたということです。
ちなみに堀川先生は86歳でお亡くなりになっています。
ここで刮目すべきは、錦戸先生は堀川先生からわずか5年間しか教えを受けていないことだと思います。
しかも最初の2年間は月に1回、東京から北海道に通っての稽古でした。
本格的に稽古をつけてもらったのは、北海道に移住した残りの3年間でした。
錦戸先生は、このわずかな期間で合気を掴み、福岡に移住した後、尋常ならざる鍛錬と技術の錬磨、創意工夫と研究によって、合気を超えた光の世界にまで到達されたのです。
錦戸先生には春日市の武道場や、今は無き山の中の道場で行われた講習会等で何度か手を取って頂いたことがあります。
今から20年ほど前のことですので先生は65歳ほど、私は52歳くらいだったと思います。
どんなに頑張っても少しの抵抗も出来ずに軽く倒されて、自分もこんな老人になりたいと思ったものでした。
まさに「死ぬときが一番強い」という言葉を体現された先生だと思います。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
靱トレを体験しました。
2024年11月27日 15:51合気ずんだもんさんとオフ会をする前日に、加藤久弦先生の靱トレを体験しました。
錦戸無光先生は、「合気を使うようになると靱帯とか腱が発達する」と仰っていますので、「全身の靱帯を発動させる!」という靱トレは是非体験したいと思っていました。
遠く山口から来たこともあってか、所定の時間を超えて次の予定ギリギりまで熱心にトレーニングをしていただきました。
体験した感想は、不思議なばかりで良く分かりませんでした。
もっとも靱トレは、加藤先生の長年の鍛錬と研究の結果編み出されたもので、私のような素人が靱トレの本を読んで一回体験した程度で理解できるほど底の浅いものではないと思います。
それよりも私が驚いたのは加藤先生の身体です。
加藤先生と四つに組んだときのあの感触。
私とは別次元の身体。
一瞬で参りました。
加藤先生の身体が靱トレによって出来ているとしたら、靱トレをやらないわけにはいきません。
近いうちにDVDが発売されるということですので、それを見ながらトレーニングをしたいと思っています。