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私はワカメ

2018年11月13日 15:43

この前の師範との稽古は、久しぶりに少しだけ立ち技を行いました。


光道の稽古の目的の一つは、大木のようなビシッとした身体を作ることです。


しかし、師範の目から見ると、私達の身体はワカメだそうです。


どういう事かというと、しっかり立てていないために、ちょっと抵抗があると海中でユラユラと揺れ動くワカメそっくりだということです。


ワカメだと言われた時、ふと頭に浮かんだのは、ソ連の女性宇宙飛行士ワレンチア・テレシコワで有名になった「私はカモメ」という言葉です。


今から55年ほど昔のことですから、若い人は知らないかもしれませんが・・・。


小さな木くらいにはなっていると思っていたのですが、「私はワカメ」だったのです。


とりあえず、干し昆布みたいにパリッとした身体をめざします。

一般講習会終了しました。

2018年10月16日 16:16

14日(日)15日(月)の一般講習会は無事に終了しました。


今回も県外から2名参加いただいて、本当に有り難いことです。


師範の技を初めて体験する人は、信じられないような顔をしていましたが、何回も何回も技をかけてもらっていたのが印象的でした。


稽古は、光道に受け継がれた独自の方法で行いますので、初めてその理論を聞く人にとっては訳が分からないところがあるかもしれません。


しかし、技を受けたり、技をかける体験を重ねることによって、徐々に理解できてくると思います。


・・・・・・・・・・・・


稽古を始めた当初、ほとんどの方が口にするのは、「うまくいった時と、うまくいかなかった時の違いが分からない」という言葉です。


が、これは何も初心者だけに限らず、分からないレベルが違うだけで、初心者、有段者にかかわらず、すべての修行者が感じていることだと思います。


今、自分が修得しようとしている、自分にとっての最先端の技術は、誰もが違いが分からないのです。


この違いが分からない状態を、稽古が終わるその日まで、悶々としながら楽しく続けていくのが、合気の修行の特徴かもしれません。


次回の一般講習会は、12月2日(日)3日(月)を予定しています。


興味のある方は、ぜひご参加ください。

馬の耳に念仏

2018年09月21日 23:08

その時、私はすかさず「先生合気とは何ですか?」と聞きました。


すると一瞬、先生が「ん!」と詰まってから、「合気とはね…」と言われたのです。


私はハッとして先生のお顔を見ました。


そして次の言葉に集中しました。


先生は、「合気とはね、合気と書いて気を合(がっ)するという意味ですよ。気を合すると読むのですよ」と言われたのです。


「先生! 合気とは気を合することですか?」と、私は思わず声が上ずりました。


先生は、「う~む、そうだよ」とうなずきます。


私は「ありがたい!」と心の中で叫びました。


中略


「気を合するのだ」と分かって、私はピンときたのです。


「合気の極み」p175


錦戸先生は、堀川先生の「合気とは気を合するのだ」というひと言がなかったら、合気をつかめなかったかも知れないとまで言っておられます。


今の私には、この言葉を百万回聞いてもピンときそうにありません。


まさに「馬の耳に念仏」「犬に論語」「牛に経文」「猫に小判」「豚に真珠」です。


おそらく、蓮(ハス)の華をひねるのを見て、微笑むぐらいの境地に達していなければ理解できないのでしょう。


女性のポスターを見てニッコリしているようでは、まだまだ道は遠いかも・・・

永遠に守

2018年08月22日 22:45

修行の段階をあらわす言葉に、守・破・離という言葉があります。


守:師の教えを忠実に守り、確実に身につける段階

破:他の良いものを取り入れ、既存の型を破る段階

離:独自の新しいものを生み出し、確立させていく段階


というような意味です。


古賀師範の下で稽古を始めて、まだ2年余りしか経っていませんが、毎回毎回「こんなの初めて!!」という体験の連続です。


錦戸師範の下で38年余に及ぶ修行を続けている古賀師範の稽古のタネは、尽きることはありません。


私があと40歳ほど若かったら、破の段階に行く可能性があるかもしれませんが、残り時間を考えると永遠に守であることは間違いありません。


・・・・・・・・・・


たまたま守・破・離という言葉を目にしたところ、このような妄想が浮かびました。

きのうのすごいを、あしたのふつうに

2018年07月21日 22:46

きのうのすごいを、あしたのふつうに


JR東日本のキャッチコピーです。


昨日はすごいと思った技を、明日にはふつうに思えるようにする。


合気に限らず、技術の修得を目指している人には、ぴったりの言葉ではないでしょうか。


すごいとかふつうとか思うレベルは人によって様々です。


私がすごいと思うことを、ふつうだと思う人もいるでしょう。


反対に、私がふつうだと思うことを、すごいと思う人もいるでしょう。


自分にとってのふつうのレベルが上昇し続けることを、進歩あるいは深化というのかもしれません。


こう考えると、日々の稽古の目的は、自分がすごいと思う事を、ふつうのことにするためと言えるかもしれません。


きのうのすごいを、あしたのふつうに


稽古のたびに思い出したい言葉です。

放送されました!

2018年07月19日 13:30

昨日18日(水) テレビ山口 TYSニュースタイムの「ヤマグチサンポ」のコーナーで、当会の模様が放送されました。


短い時間でしたが、このホームページを閲覧した人の数に比べれば、比較にならないくらいたくさんの方が視聴していたことと思います。


世の中には、大東流合気柔術という武術がある、ということを一人でも多くの方に知っていただけたら嬉しい限りです。


やってみたいと思う方がおられれば、もっと嬉しいのですが・・・・


たまたま私達が稽古中に立ち寄られ、運よく取材していただいて放送してもらえたのは、本当に有り難いことです。


感謝!

[ヤマグチサンポ」の取材を受けました!

2018年07月11日 21:24

今日7月11日(水)、防府市武道館で稽古中に、テレビ山口のTYSニュースタイムの中で放送している「ヤマグチサンポ」の取材を受けました。


「ヤマグチサンポ」というのは、TYSのアナウンサーがカメラ片手に県内各地を訪ねるというものだそうです。


今回は防府市の新田地区を取材に訪れたということです。


私はあまりこの番組を見たことはないのですが、木村那津美さんという、清楚で非常に美人のアナウンサーでした。


眼福でした。


私達の稽古風景を見て興味を持たれたらしく、カメラ片手に取材をしていただきました。


少し体験もしていただきましたが、最初私達の稽古を見た時には、自分から倒れる練習をしていると思ったと言っておられました。


大きな男の人が、あまりにも簡単にコロコロ転がるので、自分から転がる練習をしていると思われるのも無理はありません。


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今日の様子は来週(7月16日~20日)のTYSニュースタイム 午後6時50分ごろの「ヤマグチサンポ」のコーナーで放送予定ということです。


ぜひご覧ください。

人一度(ひとたび)にしてこれを能(よ)くすれば

2018年06月26日 11:52

才能の違いを嘆いていても仕方がありません。

こんな時に私たち凡人の気持ちを奮い立たせる言葉を見つけました。


「人一度(ひとたび)にしてこれを能(よ)くすれば、己(おのれ)これを百度(ひゃくたび)す。

人十度(とたび)にしてこれを能(よ)くすれば、己(おのれ)これを千度(せんたび)す。

果たしてこの道を能(よ)くすれば、愚と雖(いえど)も必ず明、柔と雖(いえど)も必ず強なり」


中国の「中庸」という書物の中にある一文です。


人が一回の稽古で出来るようになるのであれば自分は百回稽古する。

人が十回の稽古で出来るようになるのであれば自分は千回稽古する。

人の百倍稽古すれば必ずものになるということです。


また日本にもこんな言葉がありました。


「為せば成る、為さねばならぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」

江戸時代の米沢藩主 上杉鷹山の言葉です。


要はあきらめないこと、途中でやめないこと、出来るようになるまでやり続けることが大事だということです。


合気の稽古は、基本稽古でも基本技の稽古でも、訳の分からない難しさに思わずため息が出ます。

自分より力も体格も体重も勝る相手を動かすという、常識では到底不可能なことを修得しようというのですから難しくて当然と言えば当然ですが・・・・


しかし、その難しさがたまらない魅力でもあります。

誰にでも簡単に出来るものなら面白くありません。


健康にも良くて、老後の趣味としても最適だと思います。

この差って何ですか!

2018年06月17日 12:53

以前、「稽古の心構え」と題したブログの中で


「先生しか出来ない。先生は特別だという考えでは決して上達しない。

同じ人間が出来るのだから必ず出来るはずだ、という考えを基に研究すれば出来るようになると私は思う。」

という佐川幸義先生の言葉を紹介しましたが、先生方の言葉を見てみると今更ながらですが、どうも私達とは同じ人間ではないような気がします。


たとえば、錦戸無光師範は「合気の極み」の中で

「私は、こう思ったらすぐ使えるわけです。使える使えないの苦労をしません。」

「お弟子さんに対して、「どうしてこれくらいのことが出来ないのだろう?」と思ったこともあります。」

と書いておられます。


古賀武光師範は、教えても教えても出来ないし、ようやく出来るようになってもまたすぐに出来なくなる私達に対して、ため息をつきながら

「何がムズカシイ?」

「何が分からない?」

「ワザと出来ないフリをしてるんじゃないと?」

とあきれています。


佐川幸義先生も

「教えても見せてもここまで判らないとは、たまげた」

とびっくりされています。


私はそれが普通だと思うのですが。・・・・


私達は、どうやったらこれが出来るのだろうとタメ息をつきますが、先生方はどうしてこれくらいのことが出来ないのだろうかとタメ息をつきます。

同じタメ息でも中身が正反対です。


「この差って何ですか!」と言いたくなります

もうすぐ2年

2018年05月21日 21:30

6月で光道本部に入門してから2年になります。


古賀師範には


「一人相撲をとってる」


「(言われたように)やっているフリをしてる」


と言われ続けていますが、稽古が進めば進むほどその術理の奥深さに驚嘆します。


どうしたらこんなことを発見できるのだろうと思うようなことばかりです。


伝授してもらわない限り、自分で見つけることが出来るとは、とても思えません。


また、古賀師範が凄いというのは分かっていたつもりでしたが、自分が少しできるようになればなるほど、その凄さが分かってきます。


これからも上達につれ、ますますその思いが強くなるのは間違いありません。


前回の師範講習会で、兵庫県の方が師範の技を体験してカルチャーショックを受けたと書きましたが、おそらく腕に自信のある方ほどショックが大きいのではないかと思います。


・・・・・・・・・・・・・・


こんな師範に稽古をつけてもらえる恵まれた環境に感謝して、これからも錬磨を重ねていきたいと思います。

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