1周年を迎えて

2016年09月11日 19:31

昨年の9月に防府合氣研究会を設立して1年が過ぎました。

会員の皆様と一緒に明るく、楽しく稽古を重ねることができ、充実した1年だったと思います。

会員の皆様には大変お世話になりました。

この一年を振り返ってみると、当会に関して大きな出来事が二つありました。

ひとつは4月9日に当会の模様が、TYSテレビ山口の「ちぐまや家族」で放送されたことです。

会員のAさんの紹介で、アッという間に取材の話が進み、打ち合わせも何もなく、撮影は1時間強で終了したにもかかわらず、当会のこと、また大東流のことを非常に分かりやすく紹介していただきました。

あらためて感謝したいと思います。

今ひとつは今年の6月、縁あってある大東流合気柔術の道場に入門させていただいたことです。

この入門は私の人生にとっても、大きな転機だと感じています。

まだ3カ月ほどしか経っていませんが、昨年当会を立ち上げた時の、自分自身の技量に対する認識と、師匠なしで稽古を続けることに対する考え方が、大きく間違っていることに気づかされました。

昨年の9月18日のブログに私は次のように書きました。

「氣の力・合気が分からない状態というのは、水泳にたとえると、まだ水に浮かぶことができない状態に似ています。

まずは、溺れずに浮かぶようになることが先決です。

水に浮かぶことができるようになって初めて、泳法の練習が始められるように、氣の力・合気とは何かが分かって初めて、氣の力・合気の稽古に入れるのではないでしょうか。

現在の私のレベルは、水泳でいえばやっと溺れずに犬かきができるようになった程度だと考えています。

しかし、いったん泳げるようになりさえすれば、あとはクロールでもバタフライでもその技術を身につけ、さらに向上させるのは自分の努力次第で出来ると思います。」

私のレベルは犬かきができるようになった程度だと思っていたのですが、師範に稽古をつけていただくと、どうひいき目に見ても、まだ水に浮いたり沈んだりしている状態で、まだまだ水に浮かべるようにさえなっていないことを思い知らされました。

氣の力・合気とは何かが全然分かっていなかったということです。

また、

「しかし、いったん泳げるようになりさえすれば、あとはクロールでもバタフライでも・・・・・・・・」

というのも完全に間違った認識でした。

稽古をつけていただいて思ったことは、

「自分は、クロールという泳法、バタフライという泳法があるというのは聞いたことがあるが、具体的なことは何一つ知らない状態であった。」

ということです。

つまり、仮に犬かきができるようになっていたとしても、泳法を創造することから始めなければならない状態だったのです。

泳法を体現できる人の指導を受けずに、速く泳ぐことを目指すとしたら、おそらく泳法を考えるだけで私の人生は終了してしまいます。

とても泳ぎの練習をする段階までいきません。

自分の努力だけでは何ともならないのです。

もし、このご縁がなければ私は一生、水面に浮いたり沈んだりを続けていた事と思います。

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森信三先生

「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。

 しかも一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に」

という言葉が浮かんできます。

私の場合も、この縁はまさに今でなければならなかったと感じています。

もし以前の道場での教えがなければ、訳が分からずにやめていたかもしれません。

遅ければおそらく人生の残り時間が足りないでしょう。

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本当に有り難いことです。

ともかく、会員の皆様の技量向上は、いつに私の練度にかかっていることを肝に銘じて、精進したいと思います。

これからもよろしくお願いいたします。