武道の原点

2015年09月28日 21:39

今日はスーパームーンだそうです。

窓の外へ目をやると、雲の隙間からいつもよりひときわ大きく明るいお月さまが見えます。

空気が澄んできれいです。


秋の夜長、昔購入した武道・武術関係の本をいろいろと引っ張り出して、暇にまかせて読んでいます。

今読んでいるのは、心道流空手、宇城憲治先生の「武道の原点」 2000年6月 合気ニュース刊。

武道に対する姿勢、技術等に関し参考になることが満載です。

久しぶりに読んで、心に響いた部分を抜粋して紹介したいと思います。


「今は、力を抜くことを心掛けているのですが、まだまだパワー的な力に頼ろうとする時があります。

今より力が抜けるようになれば、もっと自然体の技、瞬発力が出てくると思っています。

ですから年をとるほど楽しみになってくるわけです」 17p


この文章は1994年頃の「季刊合気ニュース」のものだということですので、今から21年ほど前のことです

誰でも最初から達人でないのは分かっているのですが、宇城先生でもこのような時期があったのかと思うと、何かうれしいような気持ちになるとともに、先生が身近に感じられます。


「重心、丹田、柔らかい力・・・など武術にとって重要な語句は、言葉としてはありますが、実在していません。

しかし、認識できる人には重心、丹田・・・などが実在します。

たとえば「柔らかい力」が実在すると、相手に力を感じさせずに倒したりすることができます。

また相手が押してきても、こちらが相手の力をゼロの状態にすることによって相手は力が入らず押せません。・・略・・

これは「柔らかい力」が認識できており、かつ実在するから可能なのです」 62p


実在しないものを実在するようにするのが稽古だと思います。


「一触によって相手の力量は全部わかります。

また一触を通じての指導は、「できる」という裏付けが自分になければならない。

それだけに厳しい世界です」 139p


手首を掴んだり掴まれたりの一瞬の接触によって、相手の技量は全てわかります。何かをするまでも有りません。

「「できる」という裏付けが自分になければならない」という言葉を肝に銘じます。


「武術というのはできるかできないかが実にシンプルで、やってみればすぐに答えが出てしまいますね。

できるかできないかに尽きる武術の世界には曖昧さはありません」 153p


白黒が瞬時にわかり、文句をいう余地のないところが気に入ってます。

出来ないのは自分の技量未熟・稽古不足です。


「「百見は一触にしかず」です。

この一触をもって教える、学ぶことが大事です」 156p


何事も体験しなければわかりません。


「武道でいう真の力は力のない力である。

それは力の抜き方ができて初めてわかる。

さらにそのことによって小が大に勝つという可能性の認識ができあがってくる」 198p


まだまだ、力の抜き方ができません。

力のない力を求めて努力します。