弓と禅 その2

2016年09月05日 21:54

その当時師範は今一つ別な援助方法、同じく彼が直接の精神伝達といったものを実施してくれた。

私が引き続いて射損ねると、彼は私の弓で二、三回射放したのである。

すると弓はてきめんに良くなった。

あたかも弓が、前と違って物分かりがよくなり、自ら進んで自分を引かせるかのようであった。


師範が射放した弓は調子が良くなるのだそうです。


これを読んだ当時は、疑心暗鬼で、ホンマかいな?という感じでしたが、今では十分納得できます。

単なる物体としての弓が、師範が触れることによって気の通った活きた弓になるのです。

むろん私が触れても、弓の調子が良くなるようなことはありません。

むしろ根性が移って、矢が曲がって飛んで行くようになる可能性が大です。

あるレベルに達した師範だからこそ起こる現象です。


合気の稽古の場合、師範は弓ではなく人間を射放します。

弓でさえ変化するのですから、人間が変化しないはずが有りません。

おそらく、肌から肌へ、細胞から細胞へと膨大な量の情報が流れているのでしょう。

投げられれば投げられるほど、身体が活性化していくのを感じます。

稽古で技術を習うのは大事なことですが、それ以上に重要なのは、この直接手をとって投げられることによる、心と身体の変化ではないでしょうか。

合氣の身体・氣の身体を持つ師範から投げられることによって、私たちの身体も知らず知らずのうちに合氣の身体・氣の身体に変化していくのです。