「透明な力」 佐川先生語録抜粋

2015年12月10日 09:22

佐川先生語録は、御自身の永い間のたゆまぬ鍛錬から出た言葉であり、それだけに本当に心に響くものがあります。

私も、本を読んで気になったところには線を引いたり、蛍光ペンで塗りつぶしたりするほうなのですが、この語録は全部を塗りつぶしたいほどです。

この本をまだ読んだことのない方のために、ホンの一部を抜粋して紹介したいと思います。


「力が強いものはやりにくいというのでは合気ではない。くずしは合気の一部だが全てではない。考え方がまるで違うから頭を使わなければならない。頭の悪い人には絶対に合気はできないのだ。」

「合気がなければ年をとったらできない。」

「合気は集中力とか透明な力とかいうような、いわゆる力とは違うものである。合気は敵の力を抜いてしまう技術だからである。そのうえくっついて離れないようにもしてしまうのだから大変なことである。」

「合気が分かってから本当の修行が始まる。」

「七十歳代の時に合気はものすごく進歩した。人生七十代は一番研究がはかどるときだ。」

「私は身体がちょっと動けば、相手は力が入らなくなってしまう。」

「合気は技術であるから年と共にうまくなっていくが、時間もまたかかるのです。長い時間をかけてやるべきものなのです。」

「特訓なんて何にもならない。毎日毎日一生鍛え続けるのだ。それが修行というものだ。」

「七十歳まではやれば筋肉もついてくる。それまでに体を作ってしまえば、このように八十歳を過ぎても全然衰えないのだ。」

「(技が)効かないという苦しみを乗り越えていくのが大事なのだ。」

「背の高い者とか大きい者とかやりにくい者たちとどんどんやるのだ。うまくいかなくたって気にすることはない。やっているうちにいつかできるようになる。やるのが難しい人は自分の先生と思っていろいろ研究するのだ。」

「技が効かないなんて言うのは、恥でも何でもないのだ。」

「長い間の努力、工夫によって少しづつ出来るようになってくるのだ。巻物を見たら出来るとか、極意を授かったら出来るというものではない。小さい時から漫画や映画でそんな話を聞いているから信じてしまうのだが、そういう人は少なくともその面では頭が悪いとしか言えない。」

「(鍛錬について)いつからでも始めようと思った時から始めるのだ。遅いということはないのだ。私の場合でも今こういう運動をした方が良いと気付いたら八十歳過ぎた今からでも始めますよ。昔のことを言っていても仕方がない。」

「力でやるのは駄目だ。力でやるのは下手なのだ。力でないところでやるのが大切なのだ。」

「姿勢はまっすぐになっていなければいけない。前かがみになってはいけない。これは大事なことだ。」

「決してこれで良いと思ってやってはいけない。これではまだまだと思いながら研究を続けていくのだ。私は九十歳を過ぎてもまだ研究を続けているのだ。五十歳や六十歳でこれで良いなどと思ってはいけない。」


耳の痛い言葉ばかりですが、この本を読んでおられない方にはぜひ御一読をお勧めします。